深夜0時。
トレセン学園栗東寮の自室。しんしんと降る雪に音が吸い込まれ、世界は静寂に満ちていた。
お昼ごろから随分寒いとは思っていたけれど、雪が降るとは思わなかった。
私は暗闇に混じる白を見つめながら、ゆっくりと右手を動かした。
「んんっ……すぅ、すぅ……」
私が髪を梳くと、彼女―――スペちゃんが小さく身じろぎをした。
寝静まった静かな夜に、彼女の寝息だけが小さく響く。
東京では珍しい雪にはしゃいだ彼女は、門限のギリギリまで外を駆け回り、部屋に戻ってからはずっと故郷での出来事などを話していた。
つい先ほどまで元気にしゃべっていたのだが、急に電池が切れた様にうとうととし始め。今はこうして私の腿に頭を載せている。
(きっと、雪を見て思い出したのね)
彼女は北海道の出身だと聞いている。雪に纏わる思い出も多いのだろう。
ゆっくり、ゆっくりと。繰り返しスペちゃんの頭を撫でる。
冷えた右手に少しずつ彼女の体温が沁みわたり、指先がじんと痺れた。
「ん、おかぁちゃん……」
故郷にいるお母様の夢でも見ているのだろうか。
小さく呟いた彼女はすりすりとその頭を擦りつけてきた。
(ふふっ、可愛い)
胸の奥に暖かなものを感じる。これが"母性"というものなのだろうか。
母性……つまり私は、スペちゃんの三人目のお母さん?
(―――なんてね)
おかしなことを考えている自分に気付いて、苦笑する。
彼女が来てからというもの、私はペースを乱されてばかりだ。
ただ走って、それだけで満足だったあの頃。その頃から比べると、私は随分と変わってしまったように思う。
それはスペちゃんと出会ったから。リギルのみんなと出会えたから。
余計なことを考えるようになってしまった私。
けれど、今の私も不思議と心地が良い。
「―――んっ、すずかさん……」
「あっ」
私の名前を呼ぶ彼女に、起こしてしまったかと思いその顔を覗き込む。
けれどその瞳は穏やかに閉じたまま。どうやら寝言だったらしい。
「スズカさん……それはニンジンじゃありません……ピーマン、です……」
「もう、何を言っているの?」
おかしな寝言を言う彼女に思わず笑みがこぼれる。
一体どんな夢を見ているというのか、眉根を寄せたスペちゃんがその手をふらふらとさまよわせていた。
何とはなしにその手に触れる。
すると彼女は、私の手をキュっと掴み、自らの胸へと抱き寄せた。
「んぅ……」
おかしな世界から解放されたのか、彼女の表情が穏やかなものに戻る。
何故だか、私は胸が締め付けられるような感覚を覚えていた。
「……」
空いた左手を自らの胸に当て、ぎゅっと握る。
鼓動に乱れは感じない。微かな息苦しさだけが細く続いている。
窓の外を眺めた。
黒に染まった世界で、微かな白が時折光に触れて、すぐに消える。
そうして空を眺めてしばらく、いつしか私も眠りに落ちていたのだった。